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わたしはせかい

わたしは世界。そして私と世界。
この2つの違いは何だろう?って考えてみた。

<私は世界>の時、そっちやあっちが見つからない。
置時計を見ても、それは自分。空の雲を見ても、それも自分。

どこを見ても、「そこにある全てが当然」に思える心地。

それが<わたしはせかい>。そんな気持ちなった事ある。

そんな時、私はきっと一人だった私でなく、誰も居なくなったということ。
そんな時、私はきっと何に視線を移しても、なんじゃこりゃーとは思わないだろう。
そんな時、私はきっと不機嫌と上機嫌の間にあった好みを持ち合わせないだろう。


でも、私と世界ってね、 すぐ不機嫌になる。
「あれはこうなったらもっといいのに」、「あいつはこんな風にしてるからおかしい」
そういう気持ちがすぐ湧き上がってくる。

じゃあ、なんで私と世界って状態になっちゃうの?

それはきっと、「お前よりは俺の方がマシだ」と思う自分が生き残る事で、
私は世界だった気持ちから、私とVS世界に転落してゆくんだと思う。

でも、一つだけ、
私と世界の状態でも居心地のいいものがあるのを私、覚えてる。

それは、「今、世界が生まれた」と感じている状態。

その時、私は、<私と世界>の対峙の中にあっても、
新しく息吹き始めた私は、赤ちゃんのような気持ちで世界を眺め続けられる。

すべてが今、初めて目にするような気持ちを以って。
そんな時、赤ちゃんの目にはいい人と悪い人の区別はつかない。
私の中に生まれた赤ちゃんは、「世界を歓迎している」
| メンヘラ製造機 | 23:01 | - | - | - |
 
 

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